様々な情報やクライアントとの会話やその人柄から建築に投影される像(イメージ)がある。これは、その一時のイメージや欲求から来るものであることから、短命(短きもの)であるということができる。
一方で、大昔から誰が考えたのかさえ分からないようなものもある。例えば、障子やアーチ、共同体、もっと大きく言えば森や自然との付き合い方などのようなもの。これは永いものと呼んでもいいかもしれない。
永いものは、現在の短いものの影響も受け、また、未来へさらに巻き方を変えていく。
さて、私が、取り組んでいるものは、あまりに短いのではないだろうか。
そんなことをふと思う事がある。どうしようもなく、はかない。
そんな無常感がありながら、できれば、永いものをとらえたい。未来に続く何か永きものをとらえたい。人間の活動など、あまりに短きもののように思えるのだから。